善悪の区別
公共の場での「ゴミのポイ捨て」から、果ては「殺人」に至る凶悪事件まで、身勝手な行為が横行する毎日。人間社会は一体どうなってしまったのでしょう。
これはまさしく、生まれたときからの「しつけ」が起因しているように思えてなりません。「三つ子の魂百まで」と、昔からの言い伝えがあるように、生まれた子どもが白紙の状態にあるときから、毎日の子育ての中で、少しずつ善悪を教え導いていくことが最も重要だと思います。
親の手から離れ、幼稚園や保育所等の団体生活に入る前に、最低限「やって善いことと悪いこと」を区別できるように育てることが、親の責務ではないでしょうか。
ところが、最近では、このことすら気づいていない親が増えているように思います。わが子を正しくしつけられずに、もがき苦しんでいる親たちの様子が毎日のようにニュースになり、更には、その親たちに育てられて大人になり(最近では大人になる過程で)犯罪者となってしまうことの悪循環をどこかで断ち切らなければなりません。
「家付きカー付き婆抜き(1960年代の若い女性が結婚相手の条件として使っていた言葉)」も、カー付きが当たり前の現在では死語となり、既に核家族が当たり前の時代となりました。「親から子へ子から孫へ」と教え伝授してゆける環境にない親が多い中、「わが子を正しくしつけられない親」をこれ以上作らないための「親の学校」「大人の学校」が必要な時代になってきたような気がします。